2013年3月31日日曜日

あと一歩

今日はイースターです。
街は、落ち着きがありませんが、僕にとっては残念ながら、忙しい日曜日にすぎません!
それはとにかく昨日思ったこと。

あと一歩、あと少しだけがんばってみよう。
それを繰りかえすことが、とても大事なんだろう。
それができる人間になる。

2013年3月28日木曜日

自分の100%出してる?

俺の中には、自分の100%を出そうとしてない自分がいること、
そしていつも失敗を犯した時、自分の非を認めず、言い訳ばかりをして他人に八つ当たりして、言い終わった後に自分の未熟さふがいなさに腹が立つという悪い習慣がある。

今日もそうだった。自分の持ち場のことだけを考え、他の持ち場のヘルプに回ることを怠っていた。
怠っていいというか、そこまで考えなくてもいいという思考回路が僕の中にはあった。
つまり、70%ほどで今日を乗り切れればいいという考え方が染みついているのだ。
このことはすべてのことにおいて共通すること。
いくら物事を継続しても、どんな時・場面でも「全力で取り組む」ということをしないと、いつまでたっても自分の目標を超えられない。

しかも今日は、そのことを指摘された時、頭に来て思いっきり反論してしまった。
「何も教えてもらってない!俺は俺なりに頑張ってた!」
これは言い訳に過ぎないし、結局は弱い自分をかばって、自分のダメなとこを守ってるだけだった。
そしてそれは言いながらも心のどこかで分かっていた。

ここが人間力の低さ。
ここで歯を食いしばり、一回言いたいことを飲み込めたらホントのまともな人間なんだろう。
最近は心の持ち方で、へそ付近のおなかに精神を集中させることで、落ち着き、なおかつ周りもよく見えるコツがわかってきた。
今日の経験から、この精神状態に加えて、全力100%でやること、
少しでも自分に非があればすべて受け入れられるようになるという課題をクリアしていきたい。
今日は自分のダメな所に気付き、これからの行動に行かせるとても大事な日だった。

松井秀喜選手の言葉
シーズン終盤からプレーオフにかけて、ジータの活躍には目を見張るものがあった。特にチームが戦意を喪失しそうになる場面でよく打った。
「彼への信頼が、さらに強くなりました。ジータというプレイヤーがよくわかってきました。チームを引っ張るところは勿論ですが、踏ん張れる男なんですよ。死に体に見えても、最後まで踏ん張る男なんです。ミスター・ヤンキースですね」
 さらに松井選手は親友をほめちぎった。
「打とうが打つまいが、彼の振る舞いは何ひとつ変わらないんです自分より常にチームが優先しているんです。自分の影響力の大きさもちゃんとわかってるんです」

こういう人間になる。
自分個人よりもチームのことを一番に考え、みんなを信頼でき、またみんなに信頼される、
そんな、地に足の着いた人間になる。

まずは、レストランが今日一日いい営業をできるように、自分が全力を尽くす。
それはお金のためではない。
自分自身の人間性の鍛練のためだ。


2013年3月22日金曜日

Satish Kumar

今日、自分が潜在的に深い部分で考えていることに非常に近い考え方をしている哲学者、サティシュ・クマールの存在を知り、すごく衝撃を受けた。
今は、まだ考えが整理できていないので軽はずみな発言は避けるが、ここにその考え方を掲載する。
<豊かさとお金の関係 (大学での講演録)>
「経済の世界では、お金なしでは何ひとつできることはないと信じられています。しかし、私の人生を振り返って言えることは、お金とは本当の豊かさではない、ということです。では、本当の豊かさとは何かというと、それはあなたの心の中の、信頼する心です。本当の豊かさとは友人であり、人々がつくり出すコミュニティです。そしてまた、きれいな水であり、美しい森、花咲く木々なのです。つまり、自然です。
しかし、現代世界はまったく逆のことをおこなっています。川を汚し、森を壊し、海を汚している。お金を得るために、本当の豊かさを壊しているのです。コミュニティや家族も、お金のために崩壊しようとしています。みんなお金を稼ぐのに忙しく、家族がお互いを大切にすることができなくなっているのです。コミュニティや家族が今、どんどん壊れている。これは人々がお金の奴隷に、お金を稼ぐ機械になりさがっているからではないでしょうか。お金を稼ぐために忙しくて、人生を楽しむ余裕すら残っていないのではないでしょうか。
お金とはたんなる手段にしかすぎない。本当の意味での豊かさとは何か、それは「人間」なんです。もともとお金とは、交換の手段でした。しかし、今それが「豊かさ」と勘違いされている。教育システムそのものが、そういうふうにつくられているのです。 何のために教育を受けるのかといえば、社会に出てより多くのお金を稼ぐ、よい稼ぎ手になるためだと考えられていますね。 つまり、教育がお金を稼ぐための手段になりさがっているのです

しかし、それは逆立ちです。本来、教育とはそれ自体が目的であり、お金を稼ぐことは、その中の手段のひとつであるべきです。ですから、みなさん、自問してください。今、どうしてこの大学で勉強しているのか。 世界についてよりよく知り、学び、自分は何者かを理解し、幸せとは何かを探究するためにここにいるのでしょうか。あるいは、お金を稼ぐ人になるためにここにいるのでしょうか。

もしも、ここにいる目的が、より多くのお金を稼ぐ仕事に就くことになっているのなら、もう一度問い直してもらいたい。そんな間違った考え方のせいで、この地球の環境が危機に瀕しているのではないか、と。 お金が目的と化し、自然をお金儲けの道具にしてしまっている。家族もそうです。本来は家族の幸せが一番であるはずなのに、お金が目的になってしまい、家族の幸せは過小評価されています。

働いてたくさんお金を稼いだとしても、まわりを見まわせば、きれいな水もない、安全な食べものもない、自然もない。そんな状況でお金がどんな意味を持つのでしょうか。

皆さん、ここでお金を稼ぐための勉強をするかわりに、どうしたら自然のため、コミュニティのため、家族のためによい仕事ができるようになれるのか、その知恵を学んでほしいのです。」 

2013年3月21日木曜日

だれかの言葉

だれかの言葉、
「自分が変わった時、自分自身ではわからない、周りが勝手に変わったことに気づいてくれる。」

確かに、俺変わったって自分で思ってる時点で、変わってないよね。

今日は、6時起きでアーリーワークに精を出しています。
とっくに知っていたことだけど、早起きって本当にいいね。

2013年3月20日水曜日

日本一時帰国

日本での一時帰国を終えて。
日本の会社などでしっかり働いている同期たちを見て、
正直、自分も日本社会に復帰し、しっかり働くことができるかとても不安になっている。
しかし、その不安を払しょくするには、しっかりと勉強し、一日一日を充実させるしかない!
今日、一つのコラムを読んだ。
英語を話せないと本当の日本人になれない。

そのなかで、グローバル社会で生きていくために必要な4つの要素として、
1、日本に対する健全な愛国心、郷土愛
2、日本の歴史、文化に対する知識・理解
3、異文化に対する知識・理解
4、世界標準語(英語)を話せること
が挙げられていた。今自分がやっていることと考えていることがこの4つととても酷似していて、
自分のやっている方向性は、グローバル社会で生きていく上では間違っていないということを確認できた。
あとはその精度を上げて、いかに多くのことを学ぶことができるかである。

また、

21世紀のグローバル化が私たちに突きつけている問題は、国際標準語(英語)を話す国際人になることではない。日本人という確固たるアイデンティティを持って、世界を舞台に活躍できる人材になることだ。
とも書いてある。

ムリに、ネイティブになろとしなくていい。俺はそこを求めすぎていた。そこを諦め、日本人であることを自分の中で認めたうえで、他国の人とうまくかかわることに重きを置こう。
そう方針転換するいいきっかけとなった。
最後に日本滞在中に、自分を見つめなおし考えたこと。

1、一瞬で相手に興味を抱かせるように、自分をプレゼンする力をつける。(要点を短くまとめる)
俺は話が長い。飛行機で2人の社長さんと話した経験から

2、やはり言語は勉強を継続しなければ、何年たっても伸びない。(CAEなどの勉強に重きを置く)親父の話や飛行機の社長の韓国語の話から
、英語は、資格の勉強などをするときだけ集中!日常生活はあまり考えず、ストレス軽減。
メリハリつける、普段の生活を楽しむ!

4、俺には人に与えられた親切に対する感謝が圧倒的に足りない。
卒業ライブののっちの言葉より。先輩に対する感謝、日々日々、与えられた感謝について考えるようにしよう。それができなければ人としてダメ!

2013年3月4日月曜日

コンプレックス

僕は、少年時代の野球経験、とくに高校野球を通して、自分の勝負強さについてとても強いコンプレックスがある。
自分の野球生活の中で勝負どころで活躍できた経験、特にタイムリーヒットがほとんどない。
普段の生活の中で気づけばいつも、なぜ活躍できなかったのかと自分を責めるばかりだ。
あのころの屈辱は一生コンプレックスとして残るだろう。
しかし、あのころの反省を今後の人生の中で生かしていくことができれば、それは逆に自分にとってとても心強い武器になると信じているし、そうしてみせる。

あの頃、自分が極度に勝負弱かったことの大きな原因は自信のなさだろう
ピンチの時の守備、チャンスの時の打撃、2ストライクに追い込まれた時の精神状態など、今考えるとすべてがマイナス思考だった。
結果を出せた数少ない打席は確実にプラス思考で打席に入ることができていた。

それではなぜ、自信がなかったんだろう。
それは、
1、普段自分にどれだけ嘘をついてきたか。(自分に負けてきたか)
2、本当に大事なこと(本質)をわかっていなかったこと、努力が正しい方向に向かっていなかったこと
3、愚直な努力、日々の反復に耐えられなかったこと、習慣を作れなかったこと


が原因だと考えている。

でも、ひとつだけ今どれだけ考えてもわからないこと、それはとんでもない場面で、とんでもなく素晴らしい結果を残したときの精神状態と、その時の達成感・充実感だ。

あの甲子園の大観衆の前で、逆転満塁ホームランを放った副島君。
WBCの決勝で決勝タイムリーを放ったイチロー。
彼らは打席でどんなことを考え、どういうことを感じ、結果を残した時にどんな気持ちになったんだろう。
僕は無意識のうちにそういったことばかり考えている。でも、今の僕にはとても想像できない。彼らはとんでもなく遠くの次元に存在しているように感じてしまう。

このコンプレックスのおかげで、僕は自分のやってることに自信が持てない節があるし、自分の考えによる失敗がとても怖い。
大事な場面で力を出せる人に対して強い劣等感がある。
でも、一つだけ確かなこと、とんでもなく大事な場面では、プラスな気持ち、前向きな気持ちでいることが結果を出すための絶対条件だ。
でも、それを可能にするのは、日々の十分な鍛練と準備に基づいた自分に対する無意識の「自信」だけだ。
他の人は騙せても、これだけは騙すことが絶対にできない。

今自分にできることは、確実に自分の目標に向かう計画を毎日しっかりと作ること、そしてそれを愚直に遂行していくことだけだ。

そしていつか、彼ら同じように、魂が震えるような経験を自分の力で勝ち取りたい。