僕は、少年時代の野球経験、とくに高校野球を通して、自分の勝負強さについてとても強いコンプレックスがある。
自分の野球生活の中で勝負どころで活躍できた経験、特にタイムリーヒットがほとんどない。
普段の生活の中で気づけばいつも、なぜ活躍できなかったのかと自分を責めるばかりだ。
あのころの屈辱は一生コンプレックスとして残るだろう。
しかし、あのころの反省を今後の人生の中で生かしていくことができれば、それは逆に自分にとってとても心強い武器になると信じているし、そうしてみせる。
あの頃、自分が極度に勝負弱かったことの大きな原因は自信のなさだろう。
ピンチの時の守備、チャンスの時の打撃、2ストライクに追い込まれた時の精神状態など、今考えるとすべてがマイナス思考だった。
結果を出せた数少ない打席は確実にプラス思考で打席に入ることができていた。
それではなぜ、自信がなかったんだろう。
それは、
1、普段自分にどれだけ嘘をついてきたか。(自分に負けてきたか)
2、本当に大事なこと(本質)をわかっていなかったこと、努力が正しい方向に向かっていなかったこと
3、愚直な努力、日々の反復に耐えられなかったこと、習慣を作れなかったこと
が原因だと考えている。
でも、ひとつだけ今どれだけ考えてもわからないこと、それはとんでもない場面で、とんでもなく素晴らしい結果を残したときの精神状態と、その時の達成感・充実感だ。
あの甲子園の大観衆の前で、逆転満塁ホームランを放った副島君。
WBCの決勝で決勝タイムリーを放ったイチロー。
彼らは打席でどんなことを考え、どういうことを感じ、結果を残した時にどんな気持ちになったんだろう。
僕は無意識のうちにそういったことばかり考えている。でも、今の僕にはとても想像できない。彼らはとんでもなく遠くの次元に存在しているように感じてしまう。
このコンプレックスのおかげで、僕は自分のやってることに自信が持てない節があるし、自分の考えによる失敗がとても怖い。
大事な場面で力を出せる人に対して強い劣等感がある。
でも、一つだけ確かなこと、とんでもなく大事な場面では、プラスな気持ち、前向きな気持ちでいることが結果を出すための絶対条件だ。
でも、それを可能にするのは、日々の十分な鍛練と準備に基づいた自分に対する無意識の「自信」だけだ。
他の人は騙せても、これだけは騙すことが絶対にできない。
今自分にできることは、確実に自分の目標に向かう計画を毎日しっかりと作ること、そしてそれを愚直に遂行していくことだけだ。
そしていつか、彼ら同じように、魂が震えるような経験を自分の力で勝ち取りたい。
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