今日、自分が潜在的に深い部分で考えていることに非常に近い考え方をしている哲学者、サティシュ・クマールの存在を知り、すごく衝撃を受けた。
今は、まだ考えが整理できていないので軽はずみな発言は避けるが、ここにその考え方を掲載する。
<豊かさとお金の関係 (大学での講演録)>
「経済の世界では、お金なしでは何ひとつできることはないと信じられています。しかし、私の人生を振り返って言えることは、お金とは本当の豊かさではない、ということです。では、本当の豊かさとは何かというと、それはあなたの心の中の、信頼する心です。本当の豊かさとは友人であり、人々がつくり出すコミュニティです。そしてまた、きれいな水であり、美しい森、花咲く木々なのです。つまり、自然です。
しかし、現代世界はまったく逆のことをおこなっています。川を汚し、森を壊し、海を汚している。お金を得るために、本当の豊かさを壊しているのです。コミュニティや家族も、お金のために崩壊しようとしています。みんなお金を稼ぐのに忙しく、家族がお互いを大切にすることができなくなっているのです。コミュニティや家族が今、どんどん壊れている。これは人々がお金の奴隷に、お金を稼ぐ機械になりさがっているからではないでしょうか。お金を稼ぐために忙しくて、人生を楽しむ余裕すら残っていないのではないでしょうか。
お金とはたんなる手段にしかすぎない。本当の意味での豊かさとは何か、それは「人間」なんです。もともとお金とは、交換の手段でした。しかし、今それが「豊かさ」と勘違いされている。教育システムそのものが、そういうふうにつくられているのです。 何のために教育を受けるのかといえば、社会に出てより多くのお金を稼ぐ、よい稼ぎ手になるためだと考えられていますね。 つまり、教育がお金を稼ぐための手段になりさがっているのです。
しかし、それは逆立ちです。本来、教育とはそれ自体が目的であり、お金を稼ぐことは、その中の手段のひとつであるべきです。ですから、みなさん、自問してください。今、どうしてこの大学で勉強しているのか。 世界についてよりよく知り、学び、自分は何者かを理解し、幸せとは何かを探究するためにここにいるのでしょうか。あるいは、お金を稼ぐ人になるためにここにいるのでしょうか。
もしも、ここにいる目的が、より多くのお金を稼ぐ仕事に就くことになっているのなら、もう一度問い直してもらいたい。そんな間違った考え方のせいで、この地球の環境が危機に瀕しているのではないか、と。 お金が目的と化し、自然をお金儲けの道具にしてしまっている。家族もそうです。本来は家族の幸せが一番であるはずなのに、お金が目的になってしまい、家族の幸せは過小評価されています。
働いてたくさんお金を稼いだとしても、まわりを見まわせば、きれいな水もない、安全な食べものもない、自然もない。そんな状況でお金がどんな意味を持つのでしょうか。
皆さん、ここでお金を稼ぐための勉強をするかわりに、どうしたら自然のため、コミュニティのため、家族のためによい仕事ができるようになれるのか、その知恵を学んでほしいのです。」
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